これまでのキャリアで一貫しているのは、「人の節目や転機に向き合うこと。選択を支援すること」
私は大学卒業後、会社員として複数社でPR・広報、人事・採用などに携わり、
その後は個人事業主として、企業の人事・採用支援やキャリア支援などを行ってきました。
これまでのキャリアで一貫しているのは、「人の節目や転機に向き合うこと。選択を支援すること」です。
そして、なぜ自分がそこにやりがいを感じるのかを考えると、自分自身が人生の節目で何度もつまずき、
そのたびに誰かに支えてもらってきたからなのかもしれません。
大学受験、就職、転職、そして婚活。
決して順調に進んできた人生ではありません。
それでも今振り返ると、うまくいかなかった時期にも、遠回りした時間にも、
その後につながる意味があったように思います。
そして、その節目節目にはいつも「人」の存在がありました。
「支えてもらったから、今度は自分が支える側へ」
自分を形づくる想いの原点です。
人それぞれの違いや魅力に目を向けて興味を持つことを大切にしています
1985年、新潟県で生まれました。
生まれてすぐに仙台へ。その後は東京へ移り、東京都目黒区の保育園に通いました。
そして再び仙台に戻り、幼稚園時代は「杜の都」仙台で。小学生からは埼玉県越谷市で育ちました。
父の転勤により、いくつもの土地で暮らした幼少期。
当時は当たり前のこととして過ごしていましたが、今振り返ると、この経験は自分の性格にも少なからず影響しているように思います。
知らない土地へ行くこと、新しい人と出会うこと、自分とは違う考え方や文化に触れること。
今でも好きなことです。
「違うから合わない」とすぐに線を引くより、「そんな考え方もあるんだ」とまずは一度受け取ってみる。
人それぞれの違いや魅力に目を向けて興味を持つことは、今の自分が大切にしていることのひとつです。
そんな想いは、StartUp Lifeの「ミッション(存在意義)」にも込めました。
一人ひとりの“天賦の才”に光を当て、輝ける場所へと伴走し、イキイキと生きる人を増やす
目に見える結果だけでその人を判断しない
小学生時代は陸上競技に夢中で、校内のマラソン大会では1年生から4年生までずっと1位でした。
ところが5年生ではその座を譲り、6年生では当日に体調を崩し、ゴールするのがやっとという結果に。
今思えば、人生で初めて「勝ち負け」や「順位」のシビアさを知った経験だったのかもしれません。
その後の人生でも、受験や就職など、結果を突きつけられる場面に何度も直面しました。
ときには、周囲からの評価や期待を、そのまま自分自身の価値のように感じてしまったこともあります。
だからこそ、目に見える結果だけでその人を判断しないようにしています。
勝ち負けだけで、人の価値は決まらない
もちろん結果から見えるものもあると思います。
でも、それだけでその人の魅力や価値が決まるわけではありません。
とにかくその人自身を見る。私が大切にしていることです。
背負っている看板や肩書ではなく、結局はそこでの自分
中学では、仮入部でその面白さを知ったバスケットボール部に入部。
アニメ『SLAM DUNK』がまさにリアルタイムで放送されていた時代で、自分たちの代あたりからバスケ部員が一気に増えました(笑)
最高学年ではバスケ部の部長に。
学級委員で構成される中央委員会の委員長を務めたり、
当時放送されていた『3年B組金八先生』の影響で有志で始めたソーラン節でも、中心となって活動したり。
気づけば、何かと前に立つ役割を担っていました。
定期テストでも常に学年10位以内。“この頃は”いわゆる優等生だったと思います。
それが高校で一変します。
高校は、埼玉県立春日部高等学校へ。
……正しくは、“なんとか入学”です(苦笑)
「質実剛健」「誠実質素」という校風に憧れ、志望校に選びました。
ところが高校入試当日はまったくうまくいかず、自己採点では例年の合格水準点より20点近く低い結果に。
「これはもう落ちた」と肩を落としながら、同じ状況だった仲間と二人で合格発表を見に行きました。
掲示板には、二人とも番号がありました。
思わず抱き合ったあの日のことは、今でも忘れられません。
高校でもバスケ部に所属。先輩が全国大会へ出場するような環境で、自分たちの代も関東大会へ出場しました。
ただ、慢性的な怪我に悩まされ、高校3年生になる前に泣く泣く退部を決意。
一方で学校行事には全力を注ぎ、本当に楽しい高校生活を送りました。今でも定期的に会う仲間がたくさんいます。
ただし、勉強は別でした。
ギリギリで高校に入ったまま、成績は下から数えた方が早い位置が指定席に。
大学受験ではどこにも合格できず、浪人することになりました。
一浪目も、結果は全落ち。
「背負っている看板や肩書ではなく、結局はそこで自分がどうするかなんだな」
と、振り返ってみて痛感する経験のひとつです。
遠回りしたからこそ見えた「自分の軸」で選択することの大切さ
周りの友人たちが大学生活を始める中、自分はもう一年受験勉強をすることになりました。
孤独でしたし、「自分はどこからも受け入れられていない」と感じることもありました。
受験費用を自分で稼ぐため、アルバイト先に選んだのは東京大学の敷地内。
大学を常に意識できる場所に身を置くことで、モチベーションを保とうと考えました。
そして二浪目、大きく変えたことがあります。
それが、「自分の軸で志望校を選ぶこと」でした。
それまでは周囲の影響を受けながら、人からどう思われるかを意識して大学を選んでいた部分がありました。
そこでオープンキャンパスなどに実際に足を運び、自分の目で見て、自分がどう感じるのかを大切にするようになりました。
第一志望だった上智大学には何度も足を運び、在校生の方々とつながって相談に乗ってもらうまでに。
そして最終的に、念願だった上智大学総合人間科学部社会学科へ進学することができました。
この経験から今も大切にしていることがあります。
周りから見た「正解」ではなく、自分自身が納得できる選択をすること。
婚活でも、誰かにとっての幸せが、そのまま自分にとっての幸せとは限りません。
だから私は、その人自身の「軸」を一緒に見つけることを大切にしています。
年齢や肩書きではなく、その人自身を見る
二年の浪人を経て、ようやく掴んだ第一志望への入学。
当然ながら、同じ学年のクラスメイトより私は2歳上でした。
最初は多少意識していたと思います。
でも、毎日一緒に過ごしていると、そんなことはどうでもよくなっていきました。
年齢が上だから、下だから。どこの大学だから。どんな肩書きだから。
それよりも「目の前にいるこの人は、どんな人なんだろう」と、その人自身を見ることの方がずっと大切だと感じるようになりました。
サークルは、再びバスケットボール。
高校時代に怪我で苦しみ「バスケはもう辞めよう」と思っていましたが、さまざまなご縁が重なり、バスケサークルに所属しました。
そこにあったのは、無理をせず、自分のペースで楽しめるバスケでした。
同じことでも、環境が変われば楽しみ方は変わる。
一度うまくいかなかったからといって、それが自分に合わないとは限らない。
これもまた、今につながっている経験です。
現地現物主義を大切に。気になったら自分の目で確かめる
大学時代は、とにかくたくさんの経験をして、さまざまな人や景色に触れることを意識していました。
青春18切符で日本を縦断し、全国46都道府県を鈍行列車で巡りました。
未踏として残るのは「高知県」のみ。いつか妻と一緒に行きたいと思っています。
国外にも足を運び、イタリア、フランス、トルコ、アメリカ、グアム、タイなど、さまざまな国を訪れました。
そして、“自称・イチロー研究家”を名乗るほど好きなイチロー選手を「この目で見たい」と、シアトルへ短期留学したこともあります。
私は昔から、何か気になることがあると、情報だけで判断するより「実際に見てみたい」「自分で確かめたい」と思うタイプです。
いわば「現地現物主義」。
人についても同じです。
プロフィールや条件だけで「きっとこういう人だろう」と決めつけるより、実際に会って、話して、感じてから考えたい。
婚活サポートでも、先入観だけで答えを決めないことを大切にしています。
「自分にとっての選択の軸」を考える機会
大学卒業後は、新卒で日本ハム株式会社へ入社。
大阪に配属され、国内鶏肉の卸売を担当する法人営業として働き始めました。
しかし入社後、自分のキャリアについて悩むようになり、約1年で退職。
「これから自分は何をしていきたいんだろう?」
「これまで、どんなことにモチベーションを感じてきたんだろう?」
「どんな時に、自分は嬉しかったんだろう?」
社会人になってから改めて自分自身について考えました。
そして辿り着いたのが「PR」という仕事でした。
PR会社は東京に多いことを知り、次の会社を決めないまま退職。
遠回りしてきて20代半ば、無職の状態で第二新卒として転職活動を始めました。
駅前でのティッシュ配り、ポスティング、広告看板持ちなどの日雇いアルバイトをしながらの転職活動。
二浪した時とはまた違う意味で、「何者でもない自分」と向き合った時期でした。
それでも、「PRは自分に合っている」と感じるものがありました。
母校の公開講座へ通い、PR会社で働く方々に自分から連絡を取り話を聞かせてもらい、とにかく学びました。
そして第二新卒としてPR会社へ入社。
その会社には10年近く在籍し、PRプランナーとしての企画営業、人事、自社広報など、さまざまな役割を経験しました。
目の前の仕事をひとつずつ経験しながら、少しずつ自分の得意なことや、大切にしたいことがわかっていきました。
だから私は、最初から完璧な答えを持っていなくてもいいと思っています。
考えて、動いて、違ったらまた考える。
その繰り返しの中で、自分の道が見えてくることもあるからです。
そこで大切なのが「自分にとっての選択の軸」。就職も転職も婚活も、人生はまさに選択の連続。
気づけば、ずっと「人」に関わる仕事をしていました
PR会社を退職した後は、株式会社PR TIMESや株式会社マネーフォワードで、
人事として採用や人材育成、組織カルチャーの醸成、社内コミュニケーション活性などに携わりました。
2022年からは個人事業主として、企業の人事・採用、採用広報、組織カルチャーづくりや醸成の支援、
カウンセリング、大学でのキャリア支援などにも活動の幅を広げました。
会社も、仕事内容も、立場も変わりました。
でも振り返ると、一貫していたものがあります。
それが、「人の節目や転機に向き合うこと。選択を支援すること」でした。
就職、転職、新しい仕事への挑戦、これからの生き方。
人生の岐路には、たくさんの「選択」があります。
そして私自身、そんな場面で何度も迷ってきました。
だからこそ、一人で答えを出す難しさも知っています。
そして、そんな時に誰かと話すことで、頭の中にあったものが少しずつ言葉になり、自分なりの答えが見えてくることも知っています。
答えを与える人ではなく、その人自身が答えを見つけるための伴走者でありたい。
これは、キャリア支援でも婚活支援でも変わらない、私の基本的なスタンスです。
「結婚相談所? 自分には関係ないものでは?」…が一変!
仕事では人のキャリアに向き合っていた私ですが、自分自身の婚活は決して順調ではありませんでした。
マッチングアプリ、婚活パーティー、合コン、友人からの紹介……。
さまざまな方法で出会いを探しましたが、なかなか結婚にはつながりませんでした。
そんな中、友人から紹介されたのが結婚相談所でした。
友人の親友が結婚相談所を開業し、「まずは一度、話だけでも聴いてみたら?」と。
正直、最初に思ったのは、
「結婚相談所? 自分には関係ないものでは?」、でした。
それまでの私にとって、結婚相談所は少し遠い存在だったのです。
それでも「まずは実際に話を聞いてみよう」と足を運び、2021年からIBJの結婚相談所で活動を始めました。
ここでも結局、私の「まず自分で確かめてみる」という性格が出たのかもしれません!
そしてこの選択が、人生を大きく変えることになりました。
約50人と会って、ようやく見えてきた自分の「価値観」。人それぞれの価値観を一緒に考えます
結婚相談所では、9ヶ月間で約50人の方とお会いしました。
「50人」と言うといつも驚かれます。もちろん、たくさん会えばいいという話ではありません。
むしろ私の場合は、それだけ会わなければ自分自身のことがわからなかったのだと思います。
活動中、お相手からいただくお断り理由は、
「価値観が合わない」
というものばかり。
「また価値観か……」と落ち込んだこともあります。
でも何度も同じ言葉を目にするうちに、あることを考えるようになりました。
- そもそも、自分はどんな結婚生活を送りたいのか
- 何を大切にしたいのか
- どんな人となら、一緒に人生を歩んでいきたいのか
「価値観が合う人」を探す前に、自分自身が、自分の価値観を知らなければいけない。そう気づきました。
そして活動開始から7ヶ月。現在の妻・亜希子と出会いました。
初めてのお見合いから約2ヶ月半で成婚退会。
それまで約50人の方とお会いしながら考え続けてきたことで、自分の価値観や結婚観が整理されていました。
だからこそ、亜希子と出会った時には、「自分が大切にしたいこと」と照らし合わせながら関係を築いていくことができたのだと思います。
この経験から、婚活で私がとても大切にしているのが「自分を知ること」です。
条件だけではなく、
「自分はどう生きたいのか」
「どんな毎日なら幸せなのか」
仲人として、そこから一緒に考えていきたいと思っています。
スローガンは「結婚相談所を選択肢のひとつに」
実際に活動してみると、結婚相談所に対する印象は大きく変わりました。
入会前の、
「自分には関係ないものでは?」
から、
「こんなに良い手段があるなら、早く教えてよ」
へ。
結婚を考えている人同士が出会えること。
困った時には仲人へ相談できること。
自分一人では気づかなかったことを、一緒に整理してくれる人がいること。
マッチングアプリ、婚活パーティー、合コンなど、さまざまな婚活を経験したからこそ、
結婚相談所には結婚相談所ならではの良さがあることを実感しました。
そして何より、私自身が仲人さんにたくさん支えてもらいました。
サービスや仕組みだけではなく、そこに「人」がいること。
それが結婚相談所の大きな価値だと、私は思っています。
そこで、StartUp Lifeとして掲げるスローガンは「結婚相談所を選択肢のひとつに」です。
支えてもらったから、今度は自分が支える側へ
人生を振り返ると、うまくいかなかったことがたくさんあります。
大学受験では二浪。
就職活動でも苦戦し、新卒で入った会社を約1年で退職。
無職の状態で転職活動をしたこともあります。
そして婚活でも、なかなか結婚につながらない時期を経験しました。
それでも、そのたびに私を支えてくれた「人」がいました。
話を聴いてくれた人。相談に乗ってくれた人。新しい道を教えてくれた人。迷っている時に、そっと背中を押してくれた人。
今の自分があるのは、そんな方々の存在があったからだと思っています。
だから今度は、
「自分が誰かの人生を動かすきっかけになれたら」
と思うようになりました。
そんな想いを胸に、2025年、妻・亜希子とともに結婚相談所「StartUp Life」を開業。
これまで仕事として向き合ってきた「就職」や「転職」と同じように、
人生の大きな節目のひとつである「結婚」に、今度は仲人として向き合っています。
人の話を聴き、その人らしさを言葉にすることが得意です
私がサポートの中で特に大切にしているのは、まず、その方のお話をしっかり聴くことです。
自分では「特別なことではない」と思っていることが、実はその人ならではの魅力だったりします。
反対に、
「結婚したいけれど、どんな結婚生活がしたいのかわからない」
「条件は考えられるけれど、本当に自分に合う人がわからない」
ということもあると思います。
そんな時は、無理に答えを出すのではなく、まずたくさん話していただきます。
これまで人事・採用やキャリア支援で、多くの方のお話を聴いてきました。
その経験を活かしながら、まだ言葉になっていない想いや、その方自身も気づいていない価値観を一緒に整理していく。
そして、その人ならではの魅力を見つけ、相手に伝わる言葉にすること。
それが、私の得意なことです。
私は「こうするべき」と、こちらの答えを押しつけるサポートはしたくありません。
人生を歩むのは、あくまでその方自身だからです。
その人が何を大切にしたいのかを一緒に考え、必要であれば私たちが持っている経験やデータをお伝えする。
そして最後は、ご自身が納得して選択できるようにする。
そんな関わり方を大切にしています。
好きなものには、とことんハマります
少し仕事から離れた話をすると、私はイチローさんが大好きです。
自称「イチロー研究家」。
野球選手としてのプレーはもちろん、考え方や言葉、物事への向き合い方にも惹かれ、長年追いかけています。
「この目で見たい」という一心で、大学時代にはシアトルまで行ってしまいました(笑)
人として、仲人として大切にしているイチロー選手の言葉があります。
2019年3月の現役引退会見で残した言葉です。
「あくまでもはかりは自分の中にある」
そして、もうひとつ好きなのがポップコーン。
こちらは自称「ポップコーン大使」を名乗っています。
週の半分以上は豆からポップコーンを作るほどです。
映画もすきで、映画館へ行けばもちろんポップコーン(Lサイズ)。
ほかにも、サウナや旅行、お酒が好き。
家では妻と、文鳥の「うにゃぴ」と一緒に暮らしています。
こうして書いてみると、私はどうやら好きになったものは、とことん知りたくなるタイプのようです。
仕事では真面目な話もたくさんしますが、面談では婚活だけでなく、
仕事や趣味、その日にあった出来事など、何でも気軽に話していただけたら嬉しいです。
最後に ― その人自身が納得できる選択を、一緒に考えたい
人生の岐路には、「選択」がつきものです。
でも、自分一人で考えていると、「本当にこれでいいのかな?」とわからなくなることもあります。
婚活も同じだと思っています。
私たちが皆さんの答えを決めるのではありません。
まず、皆さんの声を聴く。話しながら想いを整理し、自分自身の価値観を知り、その方にとっての幸せな結婚とは何なのかを一緒に考えていく。
そのうえで、経験を通じて見えてくることや活動データをもとに、具体的にご提案していきます。
結婚相談所には、仲人がいます。
うまくいった時は一緒に喜び、迷った時には一緒に考える。人には言いにくいことも、遠慮なく吐き出してください。
私自身が、たくさんの人に支えてもらいながら人生の節目を乗り越えてきました。
だからこそ今度は、私が皆さんのそばにいたいと思っています。
まさに今ここを、新たな人生のスタートに。
それが「StartUp Life」という名前に込めた想いです。
会員様と私たち夫婦の3人4脚で、その方らしい幸せな結婚に向けて、素敵なご縁をつなぐべく伴走してまいります。


